母を想う

早いものです
あれから3年の月日が経ちました。

「母が危篤!」の報に札幌に向かい
延命処置を受け
機械的に生かされて 物言わぬ母に会い
目にうっすらと滲む涙も やがて乾いて干からび
ガーゼで覆われ
一週間後  黄泉の国へと旅立ちました。

一週間の間
「お風呂に行っておいで、俺が付いているから」と代わってくれようとした兄の言葉も
受け入れることもなく
母のそばを離れませんでした。

お通夜を迎える日の朝、
近くの銭湯に浸かりながら
「これで ようやく母も楽になっただろうな~
口にくわえた呼吸器も外れて ホッとしているだろうな~」という思いと

最後まで見ていてあげれた~と言う思いが交差しながら
一人泣いていたことが
今も走馬灯のようにおもいだされます。

まだ意識のある 2週間前に行っていたことも
本当に良かったと思い
その時の状況に感謝しています。

今は ゆっくりのんびりと好きだった本を読んだり
お散歩をしているかもしれませんね~~

大りん


どうして?
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